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問答の夜

自分じゃない相手に自分のやりたいことを説明するのは難しいとつくづく感じる。

でも、難しいという前に、私にそれを出来るだけの1歩の勇気が欲しいだけなのかもしれない。

今、やっている研究。私自身はすごく必要性を感じている。だから、大学院で一緒に勉強している仲間や先生方には「こうして、こうやるといいと思うんです。」と、胸を張って言える。

でも、1歩外に出ると(いわゆる、馴れ合いで話が出来ないところ)、怖い気持ちが先に出てしまって、説明どころじゃなくなってしまって、もう嫌だ~、逃げ出したいという気持ちになってしまう。情けない話なんだけど。

で、こんな自分、どうしてだろう、と考えてみた。

多分私は、元々自分を否定されることがすごく怖いみたいで(それは幼少体験とかもっと前の体験からきていると思うんだけど)、出来るか出来ないか見通しがついていないことに対して、上手くいかなかった自分と直面しないように、結論が出る前に自分からあきらめてしまう行動パターンがある。

自分に枠を作ってきたというか、可能性に自分から限界を作ってしまうというか…。

研究っていうものは、一応上手くいくつもりで仮説を立て計画をするとは言え、自分の期待通りにいかない結果が出ることもありうるってこと。いわゆる「見通し」はよくわからない。でも、逆を言えば、だから研究として行う意味がある訳なんだけど。

あ~、もしかしたら、これまでの自分の行動パターンだと、最も苦手なシチュエーションの中にいるってことだわ。今頃、気付くのもどうかしているけど…。

でも、じゃあなんでこの研究に手をつけようと思ったわけ?それでもやりたい理由?

…。ボス先生と初めてお会いした時に言われた言葉。

「いい?覚悟しておいて。この2年間で、君を丸裸にするからね。」

確かに、研究を通して自分がこれまで目や耳を塞いでいた部分が露わになっている。先生が言っていた意味って、こういうことなのか?

もし、ここで勇気を持たなかったら、自分がこの研究をやりたいと思っている気持ちを放っておくことになる。またパターンを繰り返す。波風を立てないために、自分が否定されないために、自分の気持ちを置いておく。でも、自分の気持ちはどこに行く?その虚しさも、これまで自分が散々味わってきたはずだよねぇ。

夜更けの問答は、こうして続くのさ。

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